院長コラム

2017年7月 3日 月曜日

ハワイ雑感

 初めてハワイへ行ったのは1975年でした。大学生のときで今でもある4週間英語研修のプログラムで、バンクーバー一週間、サンフランシスコ、バークレー3週間の予定で同級生3人と申し込みました。そのうち最初の一週間は東医体と重なりカナダは諦めバークレーから参加しました。初めての海外旅行でした。一人で飛行機に乗り、それもホノルル経由、ハワイで入国手続きしホノルル空港を一部体験、サンフランシスコへ。サンフランシスコの空港に以前日本にいた親戚の日系人の青年(知ってた頃は小学生)、UCバークレーの学生、が迎えに来てくれました。空港であいつかな?と感じたらそうでした。その後彼のおじの家により夕食、研修予定のUCバークレーに送ってもらい先発の連中と合流しました。3週間カルフォニアを満喫し帰りはまたホノルル経由でした。一泊2日ですがワイキキの浜で泳ぎました。これがハワイ初体験です。二度目のハワイは1980年自衛隊の仕事でテキサスのエルパソ出張の帰りでまた一泊2日のハワイでした。その際は旅行会社のサービスでリムジン観光付きでした。パンチボール他ホノルル観光できました。3度目は2003年で娘がハワイ遊学中に家内と友達親子と5泊7日の定番のハワイ旅行でした。ただ私は定番の島内観光希望ですが、娘、家内、友達親子はそれを望まず、ゴルフとショッピングでした。やはり一泊二日と違いノースショアーまで足を延ばせ、ある意味ハワイを体験できました。4回目のハワイは2010年です。もう7年前です。この時は下の娘の二番目の男の子が12月4日に生まれ、前回も一緒に行った友達親子の次男坊が12月28日にハワイで結婚式を挙げるとの事、5月の連休に飛行機を予約、年末年始の休み中の在宅患者さんの代診を手配してどうにか休みを取り孫に会いに行きました。前回2003年のハワイ訪問から数年後に下の娘はアメリカ人のホテルマンと結婚してハワイに住んでいました。その間に長女を授かり今回長男が誕生しました。このようなタイミングはそうありませんので行く決意をしました。ハワイに行くのに決意が必要とは大げさだなと思うかもしれませんが、一人で在宅患者さんを抱えていると中々いけるものではありません。今回は実にハワイを満喫できました。たかがハワイされどハワイです。孫に会いに、小さいころから娘たちと同じように育った友達の次男坊の結婚式に出席する、すべてが叶えられた旅でした。ホテルは娘の亭主が破格の値段で用意してくれました。34階建ての32階、2ベッドルームのペントハウス、テラスからはワイキキの浜辺が眼下に拡がり、空港に離着陸する飛行機が目の前に見え、ダイアモンドヘッドも見えるオーシャンフロントです。着いた日、娘たちが私の好きなステーキハウスを予約してくれていて家族6人で行きました。ここで問題が、ハワイに着いた日は時差が、(羽田でなく成田発の便だと時差が)ステーキは重過ぎました。半分 も食べられずあーもったいない。翌日は結婚式です。ハワイの教会、海の見える教会、初めての経験です。神父さんが小さい方で何かコケティッシュに感じてしまいました。若い子たちのハワイでの結婚式、それだけのことがあると実感しました。とても素敵な結婚式でした。シチュエーション、教会、小さな牧師さんすべてがらしくそろっていました。無事結婚式は終わりその日の夕食は娘の友人のヤクルトスワローズの某投手の親子も参加してイタリアンのお店に。ローカルなお店でおいしかったです。更に翌日はゴルフです。いつもの如く途中でスコアはつけるのを止めました。ゴルフとっても下手なんです。段々ハワイ旅行は充実し翌日は念願のドールプランテーションに。ここはエルビス・プレスリーの映画『ブルーハワイ』で『ムーンライト・スイム』と言う歌に合わせて観光客をプレスリーが案内するシーンの舞台です。一度は来たかった。ところがあの時代とはまったく違い素朴なパイナップル畑を見れるわけでなく、屋台で食べれるわけでなく、パイナップルのテーマパークでがっかりでした。誰かが『つまらないよ』と言ったのを信じとけば。そして翌日は大晦日です。カウントダウンはホテルの部屋で、花火を見ながら娘家族とヤクルトの某投手家族と過ごしました。これも初めての体験です。初日の出もハワイの海から出る太陽を見ることが出来ました。元旦娘がお雑煮を用意してくれて日本人らしく迎えました。今回のハワイでやっとハワイを堪能できました。長い道のりでした。でもハワイはもっと楽しめる所です。ハワイ島、マウイ島などまだまだあります。どうにかハワイを征服してみたいです。

投稿者 院長 井口和幸 | 記事URL

2015年5月16日 土曜日

世界情勢 1

昨今の世界情勢は混沌としてきています。日本を中心に考えると中韓の虚偽に満ちた主張による言われなき屈辱の数々。日米同盟の強化で対応していますがこの許しがた中華思想と事大主義の傲慢さ。なぜこの人たちは自己を真摯に見ることができないのでしょうか?なぜこのような虚偽の歴史を主張できるのでしょうか?一体自分たちを何様だと思っているのでしょうか?なぜ、なぜ歴史の事実を冷徹に受け入れないのでしょうか?この異質な人間たちと国、共通の価値観、共通の会話が見出せない彼らは一体何なのでしょうか?19世紀後半から20世紀の中盤、第2次世界大戦終了時までの日本とかの地域の歴史は歴然とあります。それを事実に基づいて検証すれば自分たちの歴史が虚偽だと普通の感性があれば理解できます。屈辱にまみれた歴史でもそれは自身の厳然たる歴史である限り客観的に受け入れ教訓とするのが人間です。日本人も多くの失敗,失政を反省し自身を戒める姿勢で歴史と向かい合っています。そこには虚偽は存在しません。(100%と言い切れませんが)でもかの国の人たちのように虚偽の歴史をファンタジーまで持っていってしまうような悲しい性はありません。このようなことは政治に歴史を利用とする輩の方便でしかないのです。その方便を教育によって事実のごとく国民に植え付け是正不可能な愚民を作り自分らの権勢を守ってきた中華主義、事大主義の権力者の施政でしかありません。できることならば是正不可能な愚民たちと関わりのないところで生きたいものです。
 世界には他にまだまだ重大なことがたくさんあります。中東の混乱、宗教の相克、人種間の対立、ロシアの民族主義的台頭(ただ中韓の中華主義と違って自分らだけが正しく、世界の中心は4000年5000年の歴史を持つ中韓の民族だと言ったファンタジーを信じている国や人でないことが救いですが)、アフリカ大陸の人種、宗教、暴力など貧困や飢餓を生み出す現実。世界の国(共通のの価値観を持つ)が一歩一歩努力して解決し救済しなければなりません。アメリカの力が相対的低下している今世界は共通の価値観(民主主義、自由主義)を持つ西欧、北米、南米、アジア、豪州、中東、アフリカの国々と一緒にこの危機を乗り越えなくてはいけません。中韓にかかわりあっている暇はありません。捨て置きましょう。ただ中国の中華主義的拡大主義は米国などと一緒にその野心を打ち砕くよう準備に勢力を傾けなければいけません。『21世紀は文明の衝突』といった学者がいましたがキリスト教とイスラム教との文明だと思っていましたがどっこい中華文明が抜けていました。宗教でないこの文明は人間の欲を正当化する文明です。神の教えのない文明です。13億人プラス属国の5000万人も欲と権力と自分勝手な名誉のために経済力、軍事力を使おうとしています。宗教観の文明の衝突は解決には長い時間が必要ですが、神の教えがある限り解決可能です。しかしこの中華文明は中の人が壊さない限り解決できない問題です。一度完膚なきままに叩かなければ解決できません。本当にこの怪物を作った責任の一端は自虐史観に犯されたお人よし日本人にあります。 後悔先に立たず。憲法前文の『諸国民の公正と正義に委ねる』相手の中に中韓が入っていないことが明白になりました。これをもっても憲法改正は必要です。

投稿者 院長 井口和幸 | 記事URL

2014年5月11日 日曜日

院長コラムについて



昭和55年航空自衛隊那覇基地

過去の日記(ブログ記事)やエッセイ、投稿原稿を整理して載せてみました。読んで頂いて私のプロフィールの参考にして頂けたら幸いです。また感想やご批判もいただけたら
なお一層励みになり幸いです。

投稿者 院長 井口和幸 | 記事URL

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